影の境界線 - 異世界干渉編

26 -静かな戦い

 ここで力を使うのは極力避けたい。

 この付近にハーララの刺客しかく間諜スパイが潜んでいると決めつけられないものの、潜んでいる可能性はある。それに、自分が戦っている間にティールやドラリンが襲われれば、無傷の確実な保証ができなさそうだ。地上に残してあるケケイシにも危険が及ぶ。

 ――短期決戦が必要だ。それでいて自身の魔素まそ痕跡こんせきを残さないほうがいい。もしも間諜スパイが居たら、それはそれで面倒な事になるかもしれないからだ。

 正直な所、新月丸は此度こたび売られた喧嘩ケンカに勝つ自信がある。
 己の力を少々、知られた所で大した脅威きょういにもならないだろう。

 しかし今は護るべき仲間が居る。こういう事態になると完全に単独だった頃が気楽に思う。でも、見捨てて自分だけが完全勝利すればいい、と思えるほど新月丸は冷淡冷淡な性格ではないのだ。

(この方法が無難ぶなんそうか…?)

 そう思った瞬間、自ら口の中に飛び込む。

 新月丸の移動速度と獲物を吸引するべく開いた口の力が重なり、とんでもないスピードで口の中に消えていく。口に入った途端、青白い光が更に輝きを増した。色合いは美しいのに、その光は禍々しく見えそれを見た者の心をザワつかせる。

 新月丸を口にした後、命喰魚ソウルイーターフィッシュの吸引力が一気に衰え始めた。

「ドラリン、今っす!早くここから離れて目的地方面に飛ぶっすよ!」
「でも、いま、しんげつさまが!!!」
「新月様はきっと大丈夫っす。だから今は僕と新月様を信じて飛ぶっす!」
「わかった!」

 そう言うドラリンはそれでも不安があり、少し涙目だ。

「泣かないっす!」
「うん…(グスッ)」

 ティールは鞄から少しだけ出て、励ましの意味を込めてドラリンをポンポンと叩いた。

命喰魚ソウルイーターフィッシュの体内に入った新月丸は広い空間にポツンと浮いているかのような状態にあった。広くはあるが、ここはやや大きな広間程度。命喰魚の身体の大きさに比べれば、かなり狭い。

(さて、どうしたものか…)

 命喰魚は魂を奪う力を持っている。この空間に入った者は本来、魂を溶かされ残った腐乱死体が…(ん?腐乱死体ってどうなるんだ?生ける屍アンデッドにでもなるのか?)敵の体内だというのに新月丸は素朴な疑問を持ってしまった。緊張感はまるで無く心と力には余裕だらけ。しかし今はそれを調査する時間が無い。

 —探究心はお預けである。

(俺の魂に攻撃は通用しないが戦ったあとを残したくないんだよなぁ…)
(水中でおとなしくしててくれりゃいいものを…面倒くせぇ…)

 そんな事を心の中でブツブツと言う。

 この魚は普通の魚ではない。
 中身は生物としてのあるべき骨や臓器等が全く無かった。

(初めて中に入ってみたが、こんな感じなのか…)

 恐らくこれは魔法生物に極めて近い生命体なのだろう、と予測する。

 であれば物理的な攻撃には、ある程度の強度があるはずだ。しかし、己の力を敵に知られる材料を残したくはない。力技での撃退を試みる必要に迫られているのを新月丸は悟った。物理攻撃に耐性があるのなら、そこで多少の中和がなされ、もし間諜スパイが居たとしても魔素値まそち検知けんちに大きなズレが生じるからだ。

(武器に魔素を乗せ中からズタボロに引き裂いてやるか…)

 腰に下げている小さな2本のナイフを1つ取り出す。
 少し変わった作りだが、それは現世で売られているカッターナイフと呼ばれるものに似ている。

 それを握った途端、細身の剣に変貌へんぼうした。

(物理はそんなに得意ではないが、だからこそ戦いのあとが残りにくいんだよな…)

 魔素を剣に注ぐ。
 鈍い銀色の刃が黒い光を緩やかに放つ。
 それは新月丸の物理的な武器の1つである闇を纏う剣———ダークシャインソード。

 何かを察したのだろう。
 その途端、周りが不意に真っ赤に変わり、赤い液体がそこかしこから大量ににじみ出てきた。攻撃手段であるのは間違いなさそうだ。

 液体を少し手に取ってみる。

「臭せぇしネバネバしてるし汚ねぇなぁ…」つい、口から出てしまった。

 液体が出てくる肉壁にくへきを切りいていく。その姿は「切ったらそこに何があるのか」を知りたいが為に切り裂いているように見える。戦いのそれではなく狂気の研究者みたいな雰囲気があった。

 広い空間の壁に1周、新月丸はグルリと切り込みを入れる。

 切った所からもドロドロと赤い液体が出てくるが、勢いがだんだんと弱まってきたきた気がする。どうやら切られた所に赤い液体が触れると、そこの肉壁を腐食ふしょくしていくようだ。

(これは…胃壁いへき胃酸いさん?これは胃潰瘍いかいよう的なダメージなのだろうか?)

 腐食し傷口がみるみる広がり、ドロドロと溶けたその先に外が見える。
 まだ空中に居るが風景から高度こうどがだいぶ下がっているようだ。

(ここから外に出るか)

 そう、思った矢先やさき、風景が180度見渡せるようになった。

 魚が内側から2つに切られ、尾のほうが落下を初めたのだ。
 さっさと中央付近から移動しないと頭側が新月丸の上から降ってきてしまう。

(そういや現世で果物からこうやってキャラが出てくるアニメがあった気がするなぁ…)

 ———輪切りの巨大な生魚から赤い液体まみれで出てくる男の姿に見た事がある気がするという、そのアニメのような微笑ほほえましさはゼロであるが。

 ティールとドラリンは無事か?と見渡すと近くを飛び様子を伺う姿があり、気配を辿るとケケイシも対岸へ無事に辿り着いている。とりあえず、今の脅威は終わった。

前へ ・ 次へ

-影の境界線 - 異世界干渉編
-, , , ,

執筆者:

関連記事

33 -来訪

 窓がガタガタと振動を始める。  普段は聞かない異質な轟音ごうおんが遠くから近づいてきたからだった。月光国の城は音の発生源からはまだ随分、離れている。そこからでも窓が震えるのだから相当、大きな音なのだ …

49 -国王の手紙

影の境界線 -異世界干渉編- 49 -国王の手紙  月光国の王は、弱者ではなく強者。  悔しいが、自分では太刀打ちできないくらいの強さを、身をもって知ってしまった。  今更、気がついても時すでに遅し、 …

13 -嫌雪

 執務室に向かうとちょうど、書簡に封をしていた。  封にはクレアの印、タロウの印が既にされている。  宰相の印もこういった場合には必要だ。  そして俺の印をするのがこういう堅苦しい文書のやり取りの形式 …

ーお知らせー 41 -現世でのリック宅

今までこちらにも記していたのですが、昨今のAI問題もあり、今の自分の時間的余裕から考えて、ワードプレスを弄ってAI閲覧を防ぐのは困難と判断しました。今後は掲載している外部サイトへのリンクを貼る事にいた …

51 -逃げ道の終戦

影の境界線 -異世界干渉編- 51 -逃げ道の終戦  短剣といっても刃渡り30センチほどはある。眉間から脳幹まで刺し貫けば、治療は難しく即死する。損傷部位から考えて、復活魔法も難しいし、場合によっては …

自動販売機の水

短編小説「ヨルノコエ投稿作品シリーズ」この物語は「水」から始まった… » 続きを読む

kazari

カテゴリー

kazari


お問い合わせ

お問合せ