影の境界線 - 異世界干渉編

10 -うつしよの幸せ

 やっとこの時間が来た。
 俺にとって最も心安らぐ時間だ。

 少し前までは1人で寝ていたし、もっともっと前は掃き溜めみたいな所で過ごしていた。

 しかし今は違う。
 決して失いたくない、護りたいと心から思える存在と身の置き場がある。

 リックを俺の部屋に招いて寝るのも可能だけど、霞体本体を俺の世界に招き現世に肉の器肉体を空にしたまま置くのは、あまりよくない。

 だから俺がリックの世界に行き、隣で寝る。
 俺は肉の器肉体が無いから、この世界でお互いに直接触れるのは叶わない。しかし俺が物に体を重ねれば物質経由で感触は得られた。

 正確には直接触れられないとは違っている。感触を得ようとすれば得られる。
 けれども、この世の物と俺が重ならないとお互いに触感が微か過ぎて意識をそこに集中しないとならず、それでは体を休められない。

 物に体を重ねるこの方法は俺が物に取り憑いた形になるけれど、この世界に存在する物質同士という体裁が整うため感触が確かで心地よさが得られる。

 俺の身長程の長いクッションと腕を通せる布でお互いに触れている感覚が普通にある添い寝になるのだ。不便も多いけれど現状ではこれが精一杯だから仕方ない。

 この時間は俺にとって最も大事な時間と言える。
 一緒に寝られる時間を糧に1日を過ごしていると言っても過言では無い。

 我ながら随分と寂しがりになったものだ、と思う。
 少し前まで「寂しい」という感情は心の奥深くに沈み、その存在すら忘れていたのにな。

 その頃は何も思わず独りでいたのに、今は違う。
 一度、知ってしまったこの幸せと暖かさを俺は絶対に手放したくない。

 リックを必ず護る。
 こいつに仇なす存在は誰であれ俺の敵。

 だから。
 現世に今後一切関わるな、といった旨を伝えてきたあいつを俺は敵と認識した。

 クレアとタロウが俺の意を含めた返信をしてくれると言う。
 事態が悪化しないよう、細心の注意をして言葉を送るのは解っている。
 相手が「普通の感覚を持っている存在」であるのなら、丸く収まるのだろう。

 けれども俺は知っている。

 あいつは俺が「わかりました。今後は一切、関わりません」としなければ絶対に納得しない、という事を。

 自身は特別な存在であり、自由に振る舞えるし指図は受けない。
 自分が下した指図はその通りに相手が行動しないと気に入らない。
 指図を受け付けない者を「悪」と決め正義面して制裁を加えてくる。

 今回どのような振る舞いをしてくるか解らないが敵対するのなら俺は真っ向から受け、あのクズを退けるしか選択肢は無い。神だろうが悪魔だろうが、それは不変だ。

 リックは布団の上に横になって俺を待っていた。

「今夜もまた蒼至そうしと一緒に寝られる時間がきたね」

 名で呼ぶのを許しているのはリックだけなので、それがまた嬉しい。

 声をかけられた俺はリックを抱きしめキスをする。
 仮の器だけど感触があれば今はそれでいい。

「今日はすぐに眠れそうか?」
「まだ、あまり眠くないし一緒にゲームしよ?」
「じゃ、昨日の続きを眠くなるまでするか」

 リックの居る世界に来ると、俺の目では霞体かたい以外のものは殆どがちゃんと見えない。
 異なる世界だから仕方ないが激しくボヤけたり極薄くしか見えないのだ。

 しかしリックと波長を合わせれば、リックの目で見えているものを俺も見られるからリックが眠くなるその時まで今夜も一緒にゲームを楽しむ。

 手紙が送られてきた事もその内容もリックには伝えない。
 隠し事はよくないが心配性のリックにこれを伝えるのは余計な不安を与えるだけだと承知している。

 …ついつい考えてしまうが、あの件はもういいや。
 返信の結果が出てから考えればいい。
 今はリックが眠くなるまでの間のゲームを楽しもう。

 やっと得た幸せ。俺はこれを死守する。

 ただ、それだけだ。

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