これからリックの代わりにしているアルバイトへ向かう…のだが。
この世界の夏はとにかく暑い。
温暖化が進んでいる、と言われているようだ。
だからこの世界は二酸化炭素削減がどうこうと騒いでいる。
しかし本来それを気にするべき国は気にしない。そして気にしないで良い国が「もっと下げろ」と他国から言われる異様な状況に置かれている。
俺から言わせれば二酸化炭素排出が多い国がどうにかしろだし、そもそも温暖化はこの星の時の流れにおいては単なる自然現象だ。
大気温の上昇は星が活動する性質上の問題である所も大きい。
つまり、ここに住む人間が解決可能なものではない。
しかし一部の国の思惑も重なり、そういった真実は見ない振りを決め込み公表もせず言いやすい国にだけ責任を転嫁する策なのだろう。
とにかく。
40年ほど前と比べ今の夏の気温は10度前後高く猛暑を超えて酷暑と呼ばれる日々が常になってきた。
日中は36度もあるのにバイトは長ズボンが必須だから辛いところだ。
36度と言えば肉体の平熱と殆ど変わらない。
仕事自体は短パンTシャツでも出来るし何も問題はないのだが形から入るのは何処の世界でもある事。仕方ないのだろうなぁ。
リックの軽自動車に乗り込み、バイト先へ向かう。
やや変わったローテーションのこのバイトは午前と午後と夕方、各仕事の間に2時間半くらいの間が生じる。
その間、一旦家に帰るなり別の仕事をするなり自由だ。
暇つぶしにテレビを見ることもたまにはあり、今回の番組はなかなか興味深かった。
また、あいつが出ていたら見てみたい。リックにビデオ録画を頼もうか。
職場まで家から車で10分少々。
好きな音楽をかけガンガン歌いながら向かうのが常だ。
職場に着いたら送迎に使う社用車を軽く掃除し施設利用者を待つ。
決められた利用者を車に乗せたら各自の家まで送り届ける。
朝の仕事は約1時間。
昼の仕事は約2時間半。
夕方の仕事は約1時間。
その合間に長い休憩時間を挟み送迎をするバイトは朝が早い以外は比較的、楽な仕事と言えよう。
俺が気をつけることは安全運転くらいであり、車内での会話については普通に話をすればいいだけだ。ラジオをかけているので流れてきた内容について話すこともあれば、気候変動について話すこともあり、内容は様々だな。
●●党は何十年も党首が変わらないね。
あそこの国はとんでもないなぁ。
この間の事件は可哀想だった。
最近の天候はおかしいよ。
庭に綺麗な花が咲いた。
家庭菜園が楽しい。
そんな日常の会話。
俺は案外、そういうのが好きだ。
老人としてではなく、お客様としてでもなく。
普通の人として話をする。
仕事として接するのではなく近所の顔見知りと話をする感じだ。
車内は楽しく会話がはずみ、家までもあっという間についてしまう。
ドライブとして少し遠回りをする日もあるのだが職場には内緒の行為だ。
少し遠回りをするのはこのバイトに採用された時、引き継ぎで俺に仕事のイロハを教えてくれた人がそういうタイプだったというのが大きい。
とにかくドライブするのを喜んでくれる。
何回も顔を合わせ親しくなれば、ちょっとしたサービスはしたくなるものだ。
しかし俺を雇っている施設からすれば僅かとはいえ余計にかかるガソリン代が気になるかもしれない。そして遠回りの最中に事故でも起きれば大変だから、その行為を歓迎はしないだろう。
…だから内緒なんだけどな。
乗せた全員を家まで送り届け、施設に戻る。
タイムカードを押しリックの軽自動車で帰宅。
そこまでが俺の送迎バイトの仕事だ。
バイトから帰宅したらネット通販の仕事をする日が多いのだけど今日は違う。
何やら面倒な手紙が俺宛に届いたと連絡があったからだ。
俺は今使っている肉の身体をリックに返し、あっち側の仕事が入ったから一旦戻ると伝えた。
この世界では実体化が絶対に必要だ。
しかし俺は実体を持てる身体を持っていない。
身体から出ればこの世界で「霊体」と呼ばれる存在になる。
だからリックの身体を借りなければ、この世界で様々な物理的活動ができないってわけだ。
俺に身体を貸している間、リックは彼方の俺の部屋で寝ている。
この世で肉の器を持っているリックは俺が身体を借りている間、あっちの世界に行く。
けれど彼方では長時間の活動が叶わず、自由に動けるのは1時間くらい。
その後は電池が切れたかのような眠気に襲われると言っていた。
そこら辺で寝落ちされてしまうのは良くないので俺の部屋で寝るように伝えてある。
いつもより少し早く身体を返されたリックはまだ気怠そうだ。
しばらくのんびりした後、風呂に入ったり夕飯の支度をしたりするのだろう。
「ごめんな、いつもより早くに起こしちまった」
「ううん…早く戻ってあげて、何かあったんでしょ?」
余計な気を使わせたくないが、いつもより早く戻る時点で「何かがあった」と察してしまうよな。
「そんな大した問題じゃないと思うけど行ってくる」
「今日もありがとう。また、寝るときに呼ぶから来てね」
その言葉を背に俺は城へ戻った。