影の境界線 - 異世界干渉編

38 -罰と救済

 広場中央に2段階ほど高くなっている石台があった。
 ウデーはそこへドサリと乱暴に荷を下ろす。

 ウデーの背にある棘を刺し荷を固定していたせいだろう。袋から新しい血が滲んでいる。新月丸は紐を緩めズタ袋を開け袋をめくり、そこからケプシャルの頭を出した。

「力ある者からいたぶられる気持ちはどうだ?」

 そう問われたケプシャルは何かを言おうとしているが、痛みで口が回らない。

「ここに居るウデーはお前が作ったキメラを消したんだ」
「……」

 そこにウデーが低く低く、冷たい声で口を挟む。

「あなたは世話係をキメラに改造する前、何をしたか覚えていますか?」

 ウデーが静かに質問を投げかけるも、ケプシャルの最後の意地なのか他に思惑があるのか。ウデーをじっと見たまま何も言わない。

「私は今から、あなたが世話係にした事と同じ事を、あなたにします」

 それを聞いた途端に目を見開き、慌てたように何かをモゴモゴと言い出す。

「許しを乞うても、今から謝罪をしても無駄ですよ?あなたも、そうだったでしょう?」

 首を横に振るが、ウデーは長い腕を伸ばし鋏のような形をした手で、容赦無く頭を固定する。ウデーの力は強い。首を振ることも叶わないまま、ケプシャルは言葉になっていない言葉で、詫びと思われる声をもごもごと発し続けた。

「役立たずの奴隷に目は2つも必要ない、と言いましたよね?」

 丁寧な口調でウデーは言う。
 もう片方の長い腕を伸ばし鋏状をした先端を、ケプシャルの右目へゆっくりと近づける。

 そして———

 ケプシャルの悲鳴は広場中に響き渡る。
 それと同時に建物の窓や隙間から、こちらを見る者の気配が増えた。

「2名居るので本来、1つでは足りませんが、あなたは既に我が王より罰を受けている身。彼らの無念の刻みつけは、これで終わりとしましょう」

 そう言って、首を固定した手を静かに離す。

 その後、嗚咽の声は止まらない。痛覚強い場所を抉られ、その苦しみは凄まじいだろう。しかし、それは他ならぬケプシャルが他者にした事だ。

「あまり、煩くすると口に石を捩じ込むぞ?」

 新月丸が耳元でそれを言うと、奥歯を噛みしめ堪えだした。
 静かになるのを見て、そのまま袋に押し込め紐で縛る。

 返信を手渡すべき、ハーララの王が住まう中央区はもう目前だ———

 ———王とウデーと別れ、ケケイシは単独で匂いを頼りに使者を探す。

 匂いはどんどん強くなり、1軒の家を割り出した。そこも他の家と同様、いつ倒れてもおかしくない粗末な作りだ。扉は一応あるが、体当たりをすれば簡単に壊れるだろう。

 軽く、扉をノックしたが返事はない。しかし、確かに人の気配がするし、匂いを放つ使者は中に居る。

(これは本人しか居なくて動けないか、意識が無いかだな)

 ハーララに於いて獣人は人間の奴隷以下、家畜と人間の間に見られる。
 貧民街と言えども『自分達より下の身分』の者がうろつけば、相応の扱いを受けるかもしれない。ケケイシにとって、ここらの人間は遥かに弱く相手にならないが、加害された場合に蹴散らせば、それだけで大怪我をさせてしまう。

(できれば早く、この中に入りたいのだが…扉を壊すしかないか?)

 何度かノックをしたが、やはり返事はない。

 扉を壊さないように体当たりではなく蹴破ろう、と決め足を上げ蹴る。その結果、扉は蝶番付近から壊れ、扉が外れてしまった。

(うわ!そんなつもりはなかったのに!)

 外れてしまったものは仕方ない。扉がそこにあると見えるように丁寧に立てかけ、中に入る。外から見た通りの粗末な家で、家具といったものは無い。

 藁を敷き詰めた上に汚れた布が敷かれ、そこに手紙を届けにきた使者であろう者が横たわっていた。

 息をしているが、衰弱がとても激しい。
 この怪我で命があるのは不思議だ、とケケイシは思う。

 ここまで何とか命を繋げられたのには理由があった。それは、回復薬入りの食料を使者に持たせた定食屋店主の機転だ。但し、それでも全快させるほどの力はなく、損傷深い傷は腐り始めていた。

 傷の具合をある程度、予想していた王から結構な量の回復薬をケケイシは預かっていた。更に、簡単な回復魔法をケケイシは使える。

 命の危険から遠ざける作業が第一に必要と判断し、回復薬と魔法の両方で治療を試みてみる。今、命を最も危険に晒している傷、それは腐敗の激しい傷だ。

 そこへ強めの回復薬を少しずつかけていく。ここまで傷が深い場合、一気にかけると回復時に激しい痛みを生じてしまい、ショック死の可能性があったからだ。

 回復薬をかけた箇所から、腐敗臭が混じった蒸気がシュワシュワと音を立てる。

「うっ……!」

 つい、声が漏れてしまう。嗅覚鋭い鼻に、その臭いは強すぎた。

 ケケイシの種族ではその昔、腐敗臭を『良い香り』としていたらしいが、今は腐敗臭を良い香りと感じる者は殆ど居ない。年寄りの中にはまだ、その臭いを好む者も居るが、その代が終われば腐敗臭は嫌な臭いであると定着するだろう。

 狭い家の中はたちまち、その不快な臭いが立ち込める。
 それでも作業の手を止めるわけにはいかない。

 目にもしみるような臭気が埋め尽くす部屋で、ゆっくりゆっくり、強回復薬をかけていく。そんな地道な回復作業をしていたその時、背後から気配がした。

「誰?」

 少し震えた緊張した声———

 後ろ姿であっても体が大きく、しかも獣人であるケケイシは見慣れぬ者には怖いだろう。それでも震えた声の主は逃げず、じっと見ている。チラリと後ろを見るとボロボロに錆びた包丁のようなものを構えている少年だ。

「怪しい者じゃない……と言ってもドアを壊して入ってる時点で怪しいですよね」
「お父さんに何してんだ!」

 体はガタガタと震え、それは音となって耳に聞こえてきそうなくらいだ。それでも、父親を心配する気持ちの方が強いのだろう。少年は逃げない。

 ケケイシはゆっくりと振り向いた。

「このままだと君のお父さんは死んでしまう」
「……わかってる」
「僕は我が王に命じられ、この者を助けようとここへ来たんだ」
「本当か?」
「僕の見た目はこんなだし、信用ならないのも解るが今は任せてくれないかな?」
「……信じるよ。俺らみたいな身分に丁寧な話をする奴はこの国にいないから」
「そうか……近くで見ていて構わないから、治療の続きをするよ」
「うん」

 ケケイシの隣に座った少年はガリガリで、粗末な服は汗と垢の臭いがする。ここに住む者の殆どが、こういう感じなのだろう。

 話しかけられる前にしていた治療の続きを再開する。腐敗臭強い蒸気は尚も上がり、ケケイシの鼻にはとても辛かった。しかし、少年はその臭いを気にした風はない。人の嗅覚では然程、臭わないのかもしれない。

 少年は治療の様子とケケイシの横顔をキョロキョロと何度も見て、話しかけてきた。

「その薬、高いんだろ?」
「そこそこ高くはあるが、買おうと思えば買える程度だな」
「兄ちゃんの国では誰でも買えるのか?」
「金銭的に辛く買えないのであれば、国の支援機関に相談すれば入手可能です」
「そうか……良い国だな」
「そうだな……今は良い国と言えるようになった」
「兄ちゃんは奴隷じゃないのか?」
「今は奴隷ではなく、国軍の兵士をしています」
「国によって本当に全てが違うんだな……」

 そこで少年は黙り込む。

 ケケイシもそこから先は無言で治療に取り組み、月光国に所管を届けた者は命の危機から脱した。

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