ティールは気配を消し一瞬、追っ手の目をくらます。
ドラリンはその間に方向転換をしつつ、少しでも目的地へ進む。
これを何回、繰り返しただろうか。
大して時間は過ぎていないだろうけど、2人には永遠の時間に感じた。
どんどん、2つの光が強くなる
あまりにも大きな追っ手の輪郭は見えない。
下が暗くなり、それはまるで下から地面が近付いてきてるよう。
そして…光がついに目と認識できるようになった。
大きな目は虚な色をしていて覇気を感じられない。
しかし執念深く、2人を追ってくる。
やがて口と思しきものも見えてきた。
「あれは…魚?」
ティールは思わず呟く。
巨大な魚は口を開ける。
青白い光を放ち、そこに向けてどんどん落ちていく。
落ちる、というか吸い込まれているのだろう。
「もうだめだ」
役に立ちたかったのに。
それだけの気持ちが心をグルグルと回る。
—その頃。
ケケイシの背に乗り川を渡ろうとしている新月丸は何かの気配に気付いた。
ここより川下のほうの流れがおかしい。
下から何か大きな物が上がってくるような水のうねりがある。
その刹那、何か大きな物体が空へ向かって飛んでいった。
ケケイシは本能的にそれが何かを察する。
「命喰魚!!!」
黒とも紫ともつかない色合いと、あまりにも大きな身体に大きな目。
こちらには見向きもせず、目的を持って空へ飛んでいく。
足元に広がる川はどれくらい深いか解らない。
言い伝えによると1万キロ以上は深いとされている。
その深さから今の今まで何の気配もせず、ここまで浮かび上がるとは思えない。でも、今はそんな事はどうでもいい。触れたら腐敗し死ぬと言われている川の水を跳ね散らかしながら命喰魚は飛び上がり、空へ向かっている。水飛沫水飛沫と共に大きな大きな波が襲ってくる。
ケケイシは察する。
(これは避けられない!)
「ケケイシ。先に対岸まで行き、そこで待っててくれ」」
そう言う新月丸はいつの間にか宙に浮いている。
「しかし、新月様!この水飛沫に触れたら!!!」
死の水が気になり王が浮いている事にケケイシは気をかけていられない。
「大丈夫だ、この水がかかっても何も起きない」
更に上のほうから声が聞こえてきた。
大きな波がケケイシに覆い被さる。
目を閉じ伏せてそれを受けるしかないケケイシ。
波は1度だけで後は雨の如く水滴が降ってきた。
全身が濡れフカフカした毛並みはスッカリ水が滴る濡れ狼だ。
上を見上げると、遠い空に薄く王が見える。
「渡り切ったらそこで待っててくれよ〜」
上空から念話が聞こえる。
ケケイシは小さく、頭を下げ先へ向かった。
新月丸にとって空を飛ぶなんて事は容易い。
しかし、ギリギリまで徒歩で向かいたい理由があった。
けれども上空から感じる気配と、それを追うあまりにも巨大な命喰魚を無視できない。
(あいつら、こんなとこで何してんだ?)
命喰魚は身体の大きさに合わないスピードで上に向かっている。
それを追う新月丸。
(このままだと、あいつらが喰われてしまうな…)
しかし、ここから下手に撃てば「あいつら」にも当たってしまう可能性がある。
それは絶対に避けねばならない。
スピードを上げ命喰魚を追い抜くと、追われている存在が小さく見えた。
(やっぱりティールとドラリンか…)
命喰魚は横を通る新月丸に興味を示さない。
(俺の気配を生ある存在として見ていないな…ま、今はそれが楽だけど)
瞬時に命喰魚を追い抜く———
今、この空中に居る誰よりも上に位置した新月丸は状況を確認した。
一所懸命に逃げるドラリン。
何とか逃げ切らせようと魔法をかけるティール。
その真下に迫る命喰魚は口を開き始めている。
青白い光が口から漏れ、そこから重力の変化を感じた。
「ドラリン、そのまま真上に飛べるか?」
念話で伝える。
「難しそうっす!」
ティールが割って入ってきた。
「ドラリンはもう、限界が近いっす!」
「ごめんなさい、したにすいこまれているかんじがします」
それを聞いた新月丸は、極僅か目を細め無言で命喰魚に向かって急降下する。
その速さは凄まじく、ティールとドラリンの目には王が瞬時に消えたように見えた。