影の境界線 - 異世界干渉編

23 -酷死運河

「申し訳ございません!この川は僕の跳躍力では無理です」

 ケケイシは何1つ言い訳することなく、背に居る新月丸に詫びた。

 辺りはすっかり草が減り、湿った土で覆われている。

 目の前にある川に浅瀬はない。いきなり崖っぷちのような、作られた壁面のように垂直に深い川。底は見えず真っ暗である。流れは見た感じ早く見えないが、それは幅が太く対岸が遠いせいなだけで実際はかなりのスピードだ。

 但し、この川を越えるのが大変なのは深いせいでも、流れが早いせいでもない。

 この水に触れると命が奪われる特殊な力を有している。
 万が一、泳ごうものなら即座に身体は腐食し沈む。

 沈んだ死体は川の底に住むと言われている命喰魚ソウルイーターフィッシュが食べるのだ。

 キラキラと水底に見える小さな光は夜空の星に少し似ているが、それは命喰魚の光る目だと言われている。この川の深さがどれくらいかは誰も知らない。しかし、決して浅く無いのは明白だ。水の透明度は異常に高いのに、あまりに深すぎて底が暗黒の暗さとなっている。

 川の名称は特に決められておらず、見た者が各々で呼んでいるが酷死運河クルーエルカナルが最も多く使われていた。運河と呼ばれる理由は遥か遥かな大昔に「死を運ぶ為に何者かが強大な力で創造した」という言い伝えのせいである。

「前はこの辺りに橋があったはずなのですが、それが見当たりません」

 誰かが壊したのか、自然に朽ちたのか。
 それは解らないが橋は「ここにありましたよ」という痕跡を薄く残し消えていた。

「この川を越えるには川上へ向かい山経由で行くのが良いかと思います」
「その迂回路は遠過ぎる。お前だって体力を大きく奪われてしまう」
「大変申し訳ございませんが僕には無理でございます」
「それは仕方ない。これを越えるのは難儀だから自分を責めないように」
「大変、有り難いお言葉ですがどうされますか?」
「この川は幅が約9キロ程度だから川の上を走り抜けてもらう」
「…ほぇ?」

 ケケイシはつい、間の抜けた声を出してしまった。
(走る?今、走ると言った?)

 浮遊術があれば上を通れるとは思う。
 しかしこの酷死運河はそんなに甘くない。

 この川を飛んで渡ろう、と思った者は決して少なくはないが成功した話をケケイシは聞いたことがなかった。川の上は重力が違っているという。川上空、何キロ何十キロ上まで、それが有効なのか解らないが川底への引力は凄まじく、かなりの高度を維持しても吸い込まれるように落ちる、とサージリウスから聞いたことがあった。

 更に怖いのは、ここでの死は「現世への転生を終わらせる死」である。

 この世界で死んだとしても基本は現世の赤子として生まれ変わる。その赤子が育つにせよ赤子のうちに亡くなるにせよ、現世で絶命すればまた、此方の世界に戻ってくる。どういった理屈か解明されていないが、その時は赤子として生まれ変わるのではなく絶命時の姿と同じだ。

 辺境の地で何も持たず、ここからやり直せと言われても普通に考えて無理だ。何かの罠に引っかかり石壁の中にワープさせられて命を失った場合、石壁の中から開始というのも無理な話である。それを防ぐ何かの力が働いているのか、大抵は家や家と言えるような場所、慣れ親しんだ場所に現れる。

 絶命し再び此方へ戻ってくる際の場所を指定したり、安全な建物内に戻れるような保険サービスを生業にしている者もいて近頃はそれが人気職の1つとなっていた。

 けれど酷死運河で命を失った場合、その限りではない。
 正真正銘、そこで「終わる」のだ。

 国によってはここに罪人を落とすのを極刑としている。
 転生のない完全死を与える事は可能だが川に入れるだけ、なお手軽さがある。

 そして人というのは残酷なものを見たがる。
 処刑として落とされ、みるみる腐敗していく様がちょっとした見せ物になる場合も少なく無い。
 それ相応の咎人とがにんであれば落とされる前に恐怖に引きつった顔をし、実際に落とされ腐敗していくのを見て溜飲が下がる者が居るのも当たり前と言えよう。

 とにかく、上を飛ぶにも異常な重力で落とされる。
 泳げば確実に命を消す。

(9キロくらいだから走り抜ける、とは?)

 ケケイシは心の中で問いかけたが、王である新月丸にそれを確認するのは、酷く無礼な行いに感じられて発声して聞くのはできなかった。

「お言葉ですが、新月様。それは無謀かと思われます」

 やんわりと伝えてみる。

「なんとかなるって、大丈夫大丈夫」

 返ってきた声はお気楽な感じだ。

 迂回し山越えを強く勧めるのに、無礼にならないよう言うのはどうすればいい?と考えているその時。

 不意に風向きが変わった。
 ケケイシの鼻が嗅ぎ覚えのある臭いを捉える。

「新月様、彼の者の臭いがあります」

 その方向に歩みを進めると臭いの元に、消えかけの魔法陣のようなものがあった。

 それは1回限り使えるテレポート魔法。
 これで神都までは戻れたのだろう

 新月丸は草原地帯を自分より早く通り抜けられたのを不思議に思いはしたが、ここを調べても何も得られそうにはない。

「よし、では俺達も川を渡ろう」

 そう言うとケケイシの背に乗ったまま、何かを施す。
 地上から12センチばかり足元が浮き、今までの湿気った地面の感覚がなくなった。
 その代わりに絨毯のような、少しフカフカとした足触りを覚える。

「これは…なんですか?」
「浮遊術の1つだな。ま、このまま川を渡ってくれ」

 引き込まれると聞いたのですが、大丈夫なのですか?と問いたい気持ちを飲み込む。
 王に使える者が王に疑いを持ち問いかけるなんてのは御法度である。

 現王である新月丸はそういった法を敷いていないが、ケケイシの忠誠心が「王への疑いは悪」としていた。

 しかし、怖いものは怖い。
 恐怖を感じると意識せず、尾が腹の方へ回ってしまう。
 それに気付き慌てて尾を戻すが、恐怖感は拭えない。

「あー…やっぱ、怖いよな」

 新月丸はケケイシの背から降りるとそう言った。

「滅相もございません」

 否定するが無意識に尾は腹の下にジワジワと向かっている。

 新月丸はそれを見て無言で川へ向かう。
 ついに足が黒い水の上にかかった。

「!!!!」

 沈み込んだらどうしよう。
 サージリウス様になんと言えばいいのだ。
 それより王の不在は国にとっての危険である。

 咄嗟にしゃがみ伏せの姿勢で目を強く閉じてしまった。
 目の前で王が絶命する姿を見られない、見たくない。

 しかし、しばらくしても叫び声も腐食臭もしてこない。

 そっと目を開けるケケイシ。
 川の上をトコトコと歩く王の姿がそこにあった。

「な、大丈夫だろ?お前も来てみな」、と振り返りケケイシを少し微笑んで見ている。

 少年のような姿をしているが、少年なんてかわいい年齢ではないこの王の、計り知る事ができない力の一端をケケイシは目の当たりにした。

(僕達はなんて強く優しい王を得たのだろう)

 ここまで来ても「もしかして王だから大丈夫なのではないだろうか?」という気持ちが少しある。それを気取られないように(でも恐る恐る)1歩、川へ足を伸ばす。ケケイシも話に聞いた重力に飲まれる事無く川の上を歩けた。

「凄い!凄いです!新月様!!!」

 興奮がつい、言葉に出てしまう。

「うん、これでもうケケイシも走れるよな?」

 新月丸は再びケケイシの背に乗る。
 背の上から声がする。

「背の乗り心地が良くて気に入ってしまった。川の上も乗れてよかった」
「それは勿体無いお言葉、ありがとうございます」
(そんな改った態度でなくていいのにな…)

 下を見れば暗黒が広がり、そこに微かで小さな光が点滅している。それが巨大な魚の目であると考えるとやはり気味悪い。どれくらいの深部で、どれくらい巨大な魚なのだろう。それを見た者は居るのだろうか。

 浮いているとは言え、下を見ると高所から下を覗いた時にゾクゾクするあの感じに似たものが足元からわき上がってくる。

「川の上から下を見ると星空みたいで綺麗だな」

 …王にはそれが綺麗に見えるらしい。

 ケケイシは心の中で「まだまだ修行が足らないな」と思いつつ、川を渡り切るべく走り出した。

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