影の境界線 - 異世界干渉編

21 -自由区域

 昼を少し待った頃、新月丸は郊外へ着く。

 郊外には民家も店もまばらにしかなく、風景にはまだかつての傷跡が多く残っていた。

 月光国となった今、秘密警察の取り締まりや重税はなく少しずつ復興していて、この地が好きな人が暮らしている。

 この辺りは畑も多く、重税どころか国として食料自給率を上げる為に様々な支援をしているので農家にとっては住みやすい地域だろう。

 城下街から郊外に入り郊外を少し眺めた後、最も近いエンから一気に月光国領土の外に出た新月丸は軽く背伸びをした。

 誰の領土でもない国家に属していない土地がこの世界には広くあり、そういった場所は自由区域フリーゾーンと呼ばれている。ある程度の区画分けがされていて座標による地域名も所々に設定があり、それは旅をする者や多国間へ荷を運ぶ職業の者には必須の情報だ。

 現世で考えれば何処の国にも所属しない住所ある土地、というのはピンと来ないかもしれない。ここに住めば全てが自由だし、国に所属していないので税も無い。その代わり、どの国にも助けを求められないし種族や人種を問わず弱肉強食、という言葉が相応しい地域となっている。

 また、旅をするには多くの場合においてここを通る必要がある。特に国交のない他国や、うんと離れた地に行くのなら長い時間をかけ、ここを通らなければ行けないからだ。

 フリーゾーンは「永続的占有以外は誰でも自由に使える土地」なので隣接する国々も勿論、狩猟や漁も縛りなく可能であり、それが生業の者には手慣れた土地でもある。その際には余計な争いや悶着を防ぐ為、どの国に所属しているかの腕章をしているので揉め事は極稀だ。

 そもそも、見知らぬ人同士が出会う確率はとても低いし、何処かの国に属している者同士の悶着は国家間の問題に発展してしまう。どの国も人もそれは避けたいから暗黙の了解として「他国民と争うな」という掟があった。

 逆を言うと国に所属する者がフリーゾーンに住む「国に所属しない民」を害しても、基本は罪に問われない。けれども自由の民が国に所属する者を害し、その国に捕まれば厳しい罰を受けさせられる。不条理なのかもしれないが、国の庇護の有無は大きい、という事である。

 そんな自由区域を散策するのを新月丸は好む。

 国に所属していない土地は、とにかく何も整備がされていない手付かずの土地だ。
 ありのままの自然に特有の心地よさがあるのは、どの世界でも共通なのかもしれない。

 月光国からフリーゾーン出てしばらくは草原が続いていて歩きやすく、気持ちのいい風が吹く。ここには季節によって野の実りがあり、それを採って旅の食糧やオヤツにするのは新月丸の楽しみの1つとなってる。

 けれども今は歩いてのんびり旅行を楽しめない。
 なるべく早く、あの国へ着かなければならないからだった。

(そろそろ召喚して先を急ぐか…)

 そこでふと、新月丸は考え込んだ。

「そういや脚の速い召喚物怪しょうかんじゅうって居たか?」

 全ての物には魂が宿る。

 しかし個体差により強い弱いがある。動き方の特性も誰が物怪もののけに動力を注いだかにもよるし、物怪自体が元来持つ素質も影響するものだ。新月丸は有名な「物怪使い」でもあるので何体も召喚できた。しかし脚が速いの、と限定すると居ない。

(脚の速さ。それをすっかり忘れていたなぁ…)

 現世だったら「車」という便利な道具があるが、この世界にそういった機械的便利道具は無い。

(…仕方ない。月光国うちの騎士団人狼部隊部隊長に連絡をし、時間外労働手当を伝えた上で適任者を1人借りるとするか)

 ここからならまだ、念話テレパシーでのやり取りが可能である。

「サージリウス、聞こえるか?」
「はい、聞こえます。何かご命令ですか?」

 性格が真面目で言葉の発し方も固い。

 もう少し砕けてくれてもいいと、新月丸はいつも思っているがこれは性格だろう。性格由来のものを無理に矯正させるのは却ってよくない。パワハラに相当しそうだ。

「獣化が可能で背に俺を乗せられ、脚が速い者を1人貸して欲しい」
「解りました。至急、その者を向かわせます。今はどちらへおられますか?」
「フリーゾーン月光区、最初の大岩に居る。あと特別手当を別途、支払う旨も伝えてくれ」
「畏まりました。6分程で到着するように向かわせます」

 …速いな。

自由区域フリーゾーン月光区4番という住所にある目印になるのが大岩だ。
 これは他国の旅人も目印や休憩所に使うし月光から近いので今は他に誰の姿もいないが比較的、人に会いやすい場所となっている。

 岩の上に登り、風景を眺めて待つ。

「お待たせいたしました。僕は人狼部隊「陰」に所属するケケイシと申します」

 不意に声だけが岩の下から聞こえてくる。6分と言われたが、それより遥かに早い。

「ありがとう、よく来てくれた」
「王の御命令とあればいつなりと」
「随分と早かったな」
「影に潜み影を辿って王の匂いを追って参りました」

 岩の下からスルリと姿を現したケケイシは黒に近い灰色の大きな狼である。

「僕は陰に所属する中で最も脚が速いので、王のご期待に応えよとサージリウス様より仰せつかまつりました」
「そうか…あのな、俺の前ではもう少し砕けた話し方で構わんぞ」
「そういう訳には参りません」

 上司であるサージリウスの影響だろう、とにかく固い。

「僕は王をお乗せしてどこへ向かえばよろしいですか?」
「数日をかけてハーララに行ってもらう」
「ハーララ、ですか…あの国に王が向かうのなら恐らく、明るい事情ではないと察します」
「ま、その通りだな」
「…このケケイシ、少しでも早く着くように最善を尽くし駆けます」
「ありがとう、助かるよ」

 その前に…と新月丸は懐から紙を取り出す。
 それをケケイシに嗅がせ、匂いを覚えるよう頼んだ。

「不健康な臭いがいたします」
「不健康?」
「栄養状況の悪さから日常的に健康被害があるものと推測いたします」
「そうか…」
「数年前までは皆がこの臭いを漂わせていましたが、今は王のお陰で国民からこの臭いを感じることはございません」
「それはいい事だな」

 そう言うと新月丸はケケイシの背に跨り、首筋あたりの皮に掴まった。

 ケケイシは走り出す。
 顔に当たる風が少し痛く感じる。

 これは速い…

「そこは痛くありませんので、しっかりとお掴まりください」
「お…おおう……」
「それではもっと、速度を上げます」

 …これは思った以上に早い。

月光うちの国から出てすぐ広がるのは過ごしやすい気温の草原地帯。
 この草原地帯を抜け風景が変わるまで、普通に人が歩けば1週間ほどはかかるだろう。

 その距離をケケイシの脚は小一時間で通り過ぎ草原地帯がもう背後になった。

 そういや、現世でもこれくらいの速さの乗り物が作られつつあると聞いたな。
 リニア、とか言ったっけ?

 あれがあの世界に実装された所で運賃は相当、高額なのだろうか。
 貧富の差がひたすら開きつつあるあの国だから、一部の金持ち専用の乗り物御用達かもしれない。

 つい、リックがいる世界の事を考えてしまう。

 獣がこの速さで走る、なんて彼方あちらの世界ではあり得ないだろうし、その背に人が乗って耐えられる速さでもない。

 しかしその概念は現世でのもの。
 こっちでは別に不思議ではない。

 顔に当たる風がかなり痛いが、その程度だ。

 首周りの皮に掴まり、ひたすら背に乗って進む間に色々と考えてしまう。

 そういえば、あの使者はずっと徒歩だったのだろうか。
月光うちからハーララまで歩いて戻るのなら、途中で俺が追い越すよな。
 それはそれで保護できるし構わないが、あの国の主がそんな時間をかけると思えない。

 途中まで迎えが来たのか、何かの魔法を使ったか。
(その形跡がどこかあるかもしれないな…)

 疾走するケケイシに言葉で話しかけるのは、あまり都合がよくないので新月丸は念話テレパシーでケケイシに言う。

「魔法的な移動装置の気配があれば、俺に教えてくれ。それと同時にさっき覚えてもらった匂いがしたら、それも俺に伝えてほしい。」
「畏まりました」

 ケケイシは丁寧で短い返事をし、疾走を続ける。

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