影の境界線 - 異世界干渉編

19 -街と旅立ち

 旅なんて久々だ。

 いや…久々と言っても3年と少し前に旅をしていた。
 その旅をしなければ、俺は今頃まだ王なんかしていなかっただろうなぁ…

 今から向かうはハーゥルヘウアィ・ララ。
 ハーララと短縮されて呼ばれる事もあるが、あの国のはその呼び方を好まない。だからハーララ国内では略さず、ハーゥルヘウアィ・ララと言わなければならいと聞いた覚えがある。

 ハーララはいくつかある神都の1つであり、信仰者の数は最も多いらしい。
 …実際の所はどこが最も多いか解らないんだけどな。

 神々ってのはどうにも「誰が最も偉い」かに拘る。
 信仰者数が多ければ多いほど、力は増し偉いんだそうな。

「クッソくだらねぇな…」

 つい、独り言が口から漏れてしまった。

 門から城を出れば街が広がっている。

 つい最近まで荒廃凄まじい有様だったが今は違う。
 様々な店が軒を連ね、民家街も同様だ。
 生きる上で必要な店だけでなく、娯楽や嗜好品の店も増えてきている。
 つい最近、香水専門店ができた。

 我ながらよくここまで復興させたものだ、と心の中で少しだけ自画自賛してしまう。勿論、己の力だけでない事も強く自覚している。頼りになる右腕的存在があっての事だ。そして街の復興に精を出してくれた国民の頑張りも凄かった。

 更に莫大な資金援助や食糧支援、資材の提供を得られたのも、とても大きい。

 クレアを紹介してくれた皇帝と俺は友人関係にある。
 3年と少し前まで、あいつの城の一部屋に居候として住まわせてもらっていた。

 あいつの国はもう1000年以上、安泰に続いているエルネア帝国だから様々な面で余裕がある。流されるままに国を占領する羽目になった俺に力を貸してくれた。今回の件も言えば、何らかの形で協力してくれるだろう。

 しかし、相手は神。

 現世と関わっているのが気に入らない関わるな、とあれが俺に命令書を叩きつけてきた糞案件。余計な揉め事を友人に背負わせるのは避けたいものだ。それに俺対あいつのタイマンに協力者を連れていくのは何とも体裁が悪い。

 国家間はある程度親しければエニシエンにより近道が作られる。要人なら本来、長旅にならない。
 しかし、今から向かう国と国交なんてものは無い。

 なるべき急ぎたい旅だし城下街を通り抜けず郊外へ出ようと思ったが、書簡を携えて来た使者の足取りが気になり少し聞き込みしてから向かおうと考えた。

 この国の王になった経緯から俺は頻繁に街に出向く。
 街にある店の中には行きつけもあり食事をよくしていた。

 この国の食料自給率もほぼ100%にまで回復し、今は肉に魚、野菜に果物。
 穀物も含め色々と食べられるようになったので国民は飢えと無縁になった。

 俺が気に入っているメニューは現世で言うところの「大盛ダブルカツカレー」で、行きつけの店の1つである定食屋の裏メニューだったが、今は店の看板メニューになっている。

 長旅になるだろうし、これを食べてから行くのも良いと向かったが生憎「定休日」の表札がドアに付けられているので諦めるしかない。

 けれども食事以外で店主に用事がある。2階を住居にしているのは知っているので話を聞きたく、定休日に申し訳ないがドアをノックした。

 店主はこの街で顔が広く、あの使者の話を聞いてみるのに打って付けな人物である。

 出て来た店主は特に驚く様子もなく「おや、これは新月様。どうされましたか?」と対応してくれた。

「定休日にいきなりすまない。ちょっと聞きたい事があってな」
「聞きたい事ですか?私に分かる事でしたらなんなりと」
「昨日、顔色が悪く服装もボロボロな他国民が街中を通ったはずだが、噂とか聞いているか?」
「ボロボロの服……ああ、チラッと小耳に挟んだ程度でよければ…」

 そう言うと使者の話をしてくれた。店主の「ちょっと小耳に挟んだ程度」は毎度毎度、何処からそこまで情報を得たのだ?と思える内容で有名だ。小耳どころか実際に関わりを持っている張本人である場合も多い。

 今回もいつも通り、詳細を語り出した。
 定食屋ではなく情報屋としてもやっていけるだろうな…

 そんな店主の話は概ね、こんな感じだった。

 街の大通りは夕方になると、各店舗の明かりと街路樹に付けた明かりで華やぐ。街を歩く人々は服装も以前のようなボロ布ではなく、きちんとした服を身に着けている。清潔感もあり、店で買い物をし食事もしとても豊かになった。

 そんな中、この国では今時見かけないボロボロの服で、少し臭う旅人は目立つ。しかも顔色が酷く歩調も危うい感じがするその者は、月光国に変わる前の「帝国アスパー・ギド時代」を思い出させたらしい。あの頃は皆がそういう状態だったからだ。

 あまりに辛そうな姿を哀れに思い、中には少し休んで行くよう声をかけた者も複数名いたそうだ。
 それを語っている店主もその1人だという。

(…人が好いからな)

 でも、使者はどの誘いも丁寧に礼を述べた上で断り、フラフラと郊外へ向かって行った。

 郊外に繋がる道の途中に街の端に湧水処がある。これは街の者も他所から来た旅人も使えるライフラインの1つだ。

 そこで持っている水筒に水を入れはじめたが、彼は激しい疲れから手が震えうまく入れられない。それを見かねて水汲みを手伝った者や旅用に固められた養分とカロリーの高い行動食を手渡す者が何名もでてきた。それらに対しては深く感謝を述べ、手伝いと行動食を受け入れてくれたと嬉しそうに語る店主。

 きっと、ここにも関与しているのだろう。

 しかし、その後の足取りを知っている者は街に居ないと思う、と店主は寂しそうに教えてくれた。

 これは無理矢理にでも嫌雪けんせつ嫌雪に引き止めてもらえば良かったのかもしれないが、あの国の使者であれば受けたくても受けられない理由があると思われる。

「わかった、ありがとう」
「新月様が王になっていなければ私は今頃、生きていません。似たような境遇に見える人を放っておけなかったのです」
「それでも、なかなか出来る事じゃないぞ」
「そうでございますか?」

 俺は彼方あちらの世界を知っているからな。

 あの世界では正直者や善人がバカを見やすい。
 助けたのが仇となり、もっと寄越せとつけ込む奴もいる。
 もしくは助けてもらって当然、といった横柄な奴もいる。
 更に場合によっては犯罪に巻き込まれ、被害者になってしまうんだ。

 だから誰を助け親切にするか、誰を助けず見捨てるかの選択が重要になる。

「困っている者が居たら助けるのは当たり前、という世界線だけではないんだよ」
「それは解ります。以前の国ではそうでした。助けたら身に危険が及んだものです」

 この国が前皇帝統治だった頃はそうなのだろう。
 リックがいるあの世界と種類は違えど、他人を助けるのがマイナスに繋がったのは容易に想像できる。

 ここまでの間、店主は話をしながら俺のために料理を作ってくれた。

 何かを感じたのか、それは大盛りダブルカツカレーである。

 これはとても美味しい。カツは肉厚で大きいのが2枚。店で継ぎ足し継ぎ足しで作ったカレーは真似できない味だ。それを食べながら話を聞けたので、旅立ち前の腹ごしらえも済んだ。

 大盛りダブルカツカレーを全て食べ終え、身支度を整える。
 店主は金を取るつもりではないだろうが復興後、まだ有り余る余裕ではないのを知っているので代金をコッソリ置いた。そこに使者に渡してくれたであろう行動食の分も合わせて。

「色々と助かったよ、ありがとう」
「…どういたしまして」
「また大盛ダブルカツカレーを食べに行くからよろしくな」
「わかりました、お待ちしております」

 使者が郊外に出た道からハーララまではほぼ1本道。

 ワープで行けるギリギリの所までは飛び、そこからは召喚物怪しょうかんじゅうに乗って急ぐか…

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